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オッパショ石 (おっぱしょいし)

 徳島県に伝わる怪石。
 オッパショは「背負ってくれ」という意味。

 

   オッパショ石の由来
 オッパショ石というのは昔から名のある力士の墓だそうでございます。何故この墓をオッパショ石というかというとこの墓をここに建てた当時は別にかわったこともございませんでしたがその後二、三ヶ月すぎるとこの墓がものをいい出しました。というのは夜おそくなって人がこの前を通りかかるとオッパショオッパショと申します。
 はじめは信用する人もございませんでしたが段々評判が高くなりましてもう夜おそくここを通る者がなくなりました。ところがある非常に力の強い男がありまして自分が一度聞いて来るといって夜おそくなるのを待ってここにまいりました。するとまた同様にオッパショオッパショと申します。それで「負ってやろ」といいさまこの墓をかつぎました。ところが予想外にも非常に軽いのでフラフラと歩き出しました。歩き出すと一歩一歩に重くなります。それで男は己れッといいさまその石をそこへなげつけました。
 力の強い人になげられたので墓は見事二つにわれてその以後はもうオッパショをいわないようになったとの事でございます。この墓は今も猶われたまま存じて居ります。
 場所は上八万村の入口で二軒屋町を離れて数町まいりますと右側にございます。大変大きな墓ですからすぐに目につきます。(宇野エイ)

『阿波伝説物語』 笠井新也 1911

 

オッパショイシ 土地によってはウバリオン、又はバウロ石などともいう。路傍の石が負うてくれというのである。徳島郊外のオッパショ石などは、或力士がそんなら負われいといって負うたら段々重くなった。それを投げたところが二つに割れ、それきりこの怪は絶えたと伝えられて、永くその割れた石があった(阿波伝説物語)。昔話の正直爺さんが、取付かば取付けというと、どさりと大判小判が背の上に乗ったというのと、系統を一つにする世間話で、実は格別こわくない例である。

「妖怪名彙」 柳田國男 1938・1939

参考文献

本妖怪事典』 村上健司 毎日新聞社 2000

 

引用文献の底本

本妖怪談義 (現代選書)』 柳田國男 修道社 1956
本妖怪談義 (講談社学術文庫)』 柳田國男 講談社 1977
本阿波の狸の話 (中公文庫)』 笠井新也 中央公論新社 2009

 


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