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天狗なめし (てんぐなめし)

 岩手県に伝わる怪異。

 

天狗ナメシの恐怖
 先日山から下って来た男の話ですと、「深山みやまに行って仕事をしていたり、また泊まったりしていて、一番怖いのが天狗ナメシというものだ」と言っております。もっともこんな話は昔からよく聞くことですが、「それをやるのが大抵真夜中時分まよなかじぶんで、最初はどこかあまり遠くないところで、巨木がワリワリと倒れる音がすると、それに続いて五本も十本も倒壊する響きがするのだ」と言います。それが草木も眠るという刻限ですから、恐ろしく四辺あたりの山谷に響き渡り、実際物凄ものすごいものだそうです。天狗どもがそんなことをやるのだと、人々は信じております。
 その男の話ですと、「俺が最初にそれに出会でつくわしたのは、小友おとも村(上閉伊かみへい郡)の外山であった。それから今は小国おぐに村(下閉伊郡)の白見山しろみやまの麓にいるが、時々それに驚かされる。何がおそろしいと言ったって、別段取って食われるというようなことではないが、もしもあの木の倒れるところに運悪く出会そうなものなら、生命いのち幾何いくらあったって堪らないと思うからだ。天狗の仕事か何か知らぬが、実際深山には所々に巨樹が倒れている。それはあまり古くなって幹胴みきが永年のうちに朽ちてそうなるのだろう。上皮はどれもこれも皆一様に寄生植物や青苔あおごけが生いかぶさっているから、そんなことの見分けがつかない。そんな奴は暴風雨あらしの時にばかりでは無く、どんよりとした静かな夜などにも倒れる。もしそんな樹木の下にでも行って泊まり合わせたら、それこそ百年目だ。しかしその天狗ナメシのあった近くには、きっと天気が損じることだけはたしかだ」。
 これはその男の話ばかりではなく、誰でも深山に入った者はよく目撃することであります。実際今のさっき倒れたかと思うような、まだ葉っぱも活々いきいきとしてしおれない物に出会うことが、私たちにもあります。天狗ナメシの本来はこんなことかも知れませぬが、またそうばかり言われぬ節もあります。見ぬ聞かぬ者に話しても、変に薄笑いされるぐらいが関の山でありましょうが、現に私なども先年天狗囃子てんぐばやしというものを聞いたことがあります。
 それは秋よってからでありましたが、私の村から小国村へ越えて行く立丸峠たつまるとうげという山の上でした。私たちがそこに通りかかった時、峠の頂上から尾根続きの、つい向こうの草山の頂だと思う個所あたりで、ドロン、ドロンと大太鼓や小太鼓などをたたいているような音がするのです。それはいかにもおど神楽かぐらでもやっているような調子で、どう考えても遠雷その他の天然自然な音とは受け取れなかったのであります。この峠では時々そういう囃子の音を聞くのだといいます。

「遠野奇談 奥山の天狗ばやし」 佐々木喜善 1922

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一六四 深山で小屋掛けをして泊っていると小屋のすぐ傍の森の中などで、大木が切り倒されるような物音の聞こえる場合がある。これをこの地方の人たちは、十人が十人まで聞いて知っている。初めはおのの音がかきん、かきん、かきんと聞こえ、いいくらいの時分になると、わり、わり、わりと木が倒れる音がして、その端風はかぜが人のいる処にふわりと感ぜられるという。これを天狗ナメシともいって、翌日行って見ても、倒された木などは一本も見当たらない。またどどどん、どどどんと太鼓のような音が聞こえて来ることもある。たぬきの太鼓だともいえば、別に天狗の太鼓の音とも言っている。そんな音がすると、二、三日後には必ず山が荒れるということである。

『遠野物語 増補版』「遠野物語拾遺」 柳田國男 1935

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テングナメシ 普通には天狗倒というが陸中上閉伊郡などは天狗なめし、ナメシの語の意味は不明である。木を伐る斧の音、木の倒れる葉風の感じなどもあって、翌朝その場を見ると一本も倒れた木などは無い(遠野物語)。

「妖怪名彙」 柳田國男 1938・1939

参考文献

本 『妖怪事典』 村上健司 毎日新聞社 2000

 

引用文献の底本

本 『妖怪談義 (現代選書)』 柳田國男 修道社 1956
本 『妖怪談義 (講談社学術文庫)』 柳田國男 講談社 1977
本 『新版 遠野物語 付・遠野物語拾遺 (角川ソフィア文庫)』 柳田国男 角川学芸出版 2004
本 『遠野奇談』 佐々木喜善 著、石井正己 編 河出書房新社 2009

 


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